改正民法(債権法)が不動産賃貸業に与える影響のポイント 最近の不動産賃貸借関係注目判例
第1. 改正民法(債権法)が不動産賃貸業に与える影響のポイント
1、民法改正の経緯等(1)
- 明治29年(1896年)民法制定
- 平成16年 現代語化、及び保証に関する一部改正
- 平成21年 法務大臣による改正検討指示
- 同年11月 法制審議会民法(債権法)部会設置
- 平成25年3月 中間試案公表
- 同年4月〜6月 パブリックコメント
- 平成26年8月26日 法制審議会民法部会が改正要綱原案を承認
- 平成27年 通常国会に民法改正案提出→継続審議となる。
- 平成29年(2017年)5月26日 改正民法成立
- 同年6月2日 公布
※ 改正民法は、2020年4月1日に施行される(2017年12月15日閣議決定)。
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今回の改正は、民法の中での債権法(=契約に関する法)分野が改正の対象なので、債権法改正ともいわれる。この債権法分野は民法制定以来大きな改正がこれまで行われていなかった。
「債権」とは、特定の人や企業に対して請求できる権利(請求権)のこと。 債権(請求権)の発生原因の代表が契約であるため、今回の民法改正は、「契約に関する法の改正」ともいわれる。 - 121年ぶりの大改正
- 改正の理由は、蓄積してきた判例や解釈を整理してできるだけ民法自体に取り入れ、民法をアップデートすること。できるだけ分かりやすい言葉使いにすることも目指された。
※ 改正の背景として、現行民法は、ローマ法の影響を受けるドイツ、フランスの大陸法を参考にしているところ、現在、契約を重視する英米法(コモンロー)が国際的な取引の主流になっており、これに民法を合わせるという点がある。
(日本は、契約を重視する国際物品売買契約に関する国際連合条約(ウィーン
売買条約)を2008年に批准し、同条約が2009年8月1日発効した)。
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改正民法は、契約当事者の意思内容を重視し、当該契約(約束)の内容がどのようなものと解釈されるべきか、その内容に応じた履行がなされたかが、債務不履行責任を負うか、契約を解除できるか等の判断において重視されることを明文で明らかにした。これは改正民法全体に流れる特徴。
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例:(2)
- 契約自由の原則を初めて明文化し(521条)、
- 契約を成立させるためには、「契約の内容を示して」締結を申し入れることを必要とし(522条)、
- 債務不履行によって損害賠償責任が発生するかどうかの判断では、債務不履行が、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者に責任があるといえなければ債務不履行責任を負わないとし(415条)
- 契約成立のとき既に、債務の履行が不能だったときでも、約束した以上契約は有効で、債務不履行責任を問うことができるとし(412条の2)、
- 目的物が「種類、品質又は数量に関して契約内容に適合しないものであるときは」、買主は履行の追完等を請求でき(562条、563条、564条、415条、541条、542条)
- 契約解除に関し、履行の催告期間を経過したときにおける債務不履行が「その契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは」解除できないとした(541条)。
2、保証ルールの改正による影響
(1)賃貸借契約の個人保証も極度額の設定が必要(465条の2)
個人が保証する元本が確定する場合(465条の4)
- 個人根保証(不特定債務について個人が保証人となる保証)は、保証人が責任を負う最大額(極度額)を定め、かつ書面又は電磁的記録で契約されなければ無効となる。
- 個人根保証の保証人が保証する具体的な元本額は、次の場合確定する。
- 保証人が破産決定を受けたとき。なお、主たる債務者が破産しても確定しない。
- 主たる債務者又は保証人が死亡したとき。
- 保証人の財産に強制執行又は担保権の実行がなされたとき。
個人保証人保護のため、貸金債務等を個人が根保証する場合(貸金等個人根保証)については、極度額を定めなければ無効などの改正が平成16年に行われた。
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今回の改正は、個人保証人保護をより広い範囲で行うこととし、賃貸借契約等の個人保証等も個人根保証として対象とした。
@ (極度額等)(3、4)
- 賃貸借契約における賃貸人に対する個人保証は個人根保証。したがって、極度額を定め、書面等で保証契約をしなければ、保証契約は無効となる。
- 賃貸人と保証会社の保証契約は個人根保証ではないから、極度額を定める必要等はない。
しかし、保証会社と賃借人間の保証委託契約における、保証会社に対する個人保証は個人根保証。したがって、極度額を定め、書面等で保証契約をしなければ、保証契約は無効となる
元本、利息、損害賠償等、保証債務に関する全てを含んで最大限、保証人が負う可能性のある限度額のこと。確定した元本に対する遅延損害金が生じる場合であっても、その遅延損害金含めて最大限保証人が払うべき金額。
明文の規制はない。しかし、賃料、物件等の保証の目的や保証人の資力などと比較して極端に大きな場合は、公序良俗違反として無効となる可能性がある。
極度額は、個人保証人が負う最大限の負担を保証契約時に示して保証人となるかを判断させるためのもの。したがって、具体的な金額表示のみならず、「賃料●ヶ月分」という表現でも、当該賃料の額が具体的に定まっていて、その後賃料額が増額されても極度額の計算は当初の額でなされるのであれば、有効と解される。
他方、賃料が増額されれば、極度額も上がるという契約は認められないと考えられる。
建物賃貸借契約等の不動産賃貸借でも、長期に家賃を払わなかったり、賃借人が故意や過失で賃貸建物を損傷したり、賃借人が賃貸物件内で自殺をしたり、賃借人と他の賃借人とのトラブルによって賃貸人が被害者たる賃借人に対して損害賠償責任を負う場合など、賃貸人に賃借人に対する多額の請求権が発生する可能性がある。
しかし、個人保証人の場合、その責任限度額は保証契約時に定められた極度額に限定される。逆に言えば、このような場合に個人保証人の責任を限定するための改正ということになる。賃貸人としてはそのリスクをカバーする方策が必要となる。
A(元本の確定時期)(6、7)
個人根保証で保証される具体的な元本額は、保証人が破産決定を受けたときは確定する。それ以降は、保証すべき元本は増額されなくなる。遅延損害金は発生し得るものの、元本と合わせて極度額の範囲でしか請求できない。
他方、主たる債務者である賃借人が破産しても、賃貸借契約は継続するので賃貸借契約の個人保証人の元本は確定しない。
保証委託契約の個人保証人の保証すべき元本も、主たる債務者である賃借人が破産しても確定しない。保証人が破産すれば確定する。
賃借人又は保証人のいずれかが死亡したとき、元本は確定する。
賃借人が死亡してもその相続人との間で賃貸借契約は継続するので、破産の場合と同じく確定させるべきではないとも思われる。しかし、相続人と保証人との間に信頼関係はないことなどからこのような改正となった。
保証委託契約の個人保証人の元本も、賃借人又は保証人が死亡すれば確定する。
保証人の財産に強制執行又は担保権の実行がされたときも元本が確定する。
他方、賃借人に強制執行等がなされても元本は確定しない。賃借人の財産状況が悪化しても、賃料不払いなどによって信頼関係が破壊されない限り、賃貸借契約は続くから。
同様に、保証委託契約の保証人の保証すべき元本も、賃借人に強制執行等があっても確定しない。保証人に強制執行があれば確定する。
※ 保証と同様の効果を持つ併存的債務引受では極度額、書面等の要件は課されていない
しかし、債務引き受けをする個人の負担割合がゼロで内部的には全て賃借人が負担する場合等、実質的に保証と同視できる場合は、保証と同様の解釈が裁判所によってなされることが考えられる。
(2)保証会社が保証する場合と極度額(465条の5)
- 賃貸借契約の保証人が個人ではなく保証会社等の法人であるときは、賃貸借契約についての保証契約(以下「保証契約A」)に極度額を設定しなくても、保証契約は有効。
- ただし、保証契約Aに極度額の設定がなければ、保証会社の賃借人に対する求償権についての個人保証契約(以下「保証契約B」)は無効となる
- 賃貸人と保証会社との保証契約(保証契約A)は個人根保証ではないので、極度額の設定をしなくても保証契約Aは有効。
実際は、賃貸人と保証会社の保証契約で、保証限度額を家賃●ヶ月分と定めることが行われることが多い。 - しかし、個人根保証人を保護するため、保証契約Aに極度額を設定していなければ、保証会社の賃借人に対する求償権を保証する個人保証(保証契約B)は無効となる(465条の5第1項)。
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保証契約Aの極度額は、保証会社の賃貸人に対する責任限度額だから、保証会社はこの極度額を極端には大きくしない傾向があると思われる。そこで、この極度額を定めることは、保証契約Bの極度額(求償限度額)を極端に大きくさせないこと=個人保証人の保護につながる。
※ 賃貸人としては、保証会社を保証人にする場合も、結局、極度額を定めることになる場合も多いと考えられる。
(3)賃借人が保証人に資力等を説明しなかったら保証が取り消される場合がある(465条の10)
- 事業のために生じる債務の個人保証を依頼するときは、債務者は、当該個人に、債務者の財産や収支、債務の状況、担保として提供するものがあるか等を説明しなければならない。
- 債務者がその説明をしなかったり事実と異なる説明をしたこと(以下「不実の説明等」)によって個人が保証人となった場合で、債権者が不実の説明等があったことを知っていたか又は知ることができたときは、保証人は保証契約を取り消せる。
@A 会社が賃借人であったり、個人賃借人でも事務所や工場等事業に使う物件の賃貸借契約の個人保証人に対しては、賃借人は@の説明義務がある。
保証会社が賃貸借契約の保証人となった場合、賃借人が保証会社に負う求償債務も、「事業のために生じる債務」と言えるので、賃借人は保証委託契約の個人保証人に対して@の説明義務がある。
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不実の説明等がなされ、そのことを債権者(賃貸人や保証会社)が知ることができた場合などは、保証人は保証を取り消せる。
※ 全くの新設規定で実務上重要な影響がある。
賃貸人や保証会社は、賃貸借契約の保証人や保証委託契約の保証人から、賃借人の不実の説明等を理由に突然保証契約取消を主張される可能性があることになる。
その際、賃貸人や保証会社は、不実の説明等がなかった、又は不実の説明等を知ることができなかったと主張することになる。
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賃貸人としては、事業のための賃貸借契約で個人に保証人になってもらう場合は、賃借人及び個人保証人に「保証人は、賃借人から、賃借人の財産状況等について……の説明を受けたことを確認する。賃借人は、同内容が事実であることを確認する」等の書面を作成してもらっておくべきである。
(4)賃貸人が保証人から家賃の支払い状況を尋ねられた場合の情報提供義務(458条の2)
保証人から請求があれば、債権者(賃貸人)は、主たる債務(賃料債務)の元本、利息、損害賠償、その他、主たる債務に関する全ての債務について、不履行の有無、残額、履行期限が過ぎているものの額を知らせなければならない。
賃貸借契約の保証人から賃貸人に、賃料債務の支払い状況等の照会があった場合、これに答える義務が明定された。
この義務は、個人保証人からの照会に限られず、法人保証人からの照会も含む。
銀行などが個人情報の提供可能根拠として要求した経緯があり個人保証人に対象が限定されなかった。
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この義務に違反しても直接の罰則規定はない。
しかし、場合によっては照会に正確に応じなかったことなどによる損害賠償責任が問われる可能性がある。
3、賃貸借ルールの改正による影響
(5)敷金とは何か。その返還時期は(622条の2)
- 敷金とは、賃借人の債務を担保するため、賃借人が賃貸人に交付する金銭。
- 賃貸人が、敷金から賃借人の債務を控除した残額を賃借人に返還しなければならない時期は、賃貸借契約が終了しかつ物件の返還を受けたとき、又は、賃借人が適法に賃借権を譲渡したとき。
- 賃貸人は、賃貸借期間の途中でも、賃借人の債務弁済に敷金を充当できる。他方、賃借人は、そのような充当することを賃貸人に請求できない。
新設規定。これまで敷金の定義、敷金返還債務の発生要件、充当関係などの規定はなかった。
- 定義は、これまでの判例や一般の理解どおりのもの。
- 敷金の返還時期につき、
賃貸借契約が終了しても、物件の返還を受けるまでは敷金返還義務はない。ただし、返還時期について、賃貸人、賃借人の間で別の時期、例えば退去後一ヶ月以内等と契約することは可能。 - 賃借権が適法に(=賃貸人の承諾を得て)譲渡されたときも敷金返還債務が生ずる。しかし、実際には、賃貸人、旧賃借人、新賃借人の間で、賃貸人が預かっている敷金をどう取り扱うか=新賃借人の敷金として預かり続けるか、一旦旧賃借人との間で清算して新賃借人から新たに敷金を預かるか等を協議して決めると考えられる。そのような契約をすることは可能。
- これまで賃貸借契約で多く採り入れられていた条項が明定された。
(6)賃貸不動産が譲渡された場合、賃貸人は誰になるか。
敷金・必要費、有益費の返還義務はどうなるか
(605条の2)
- 賃借人が物件引き渡しを受けたり賃借権登記をした後に、不動産が譲渡された場合、原則として賃貸人の地位は不動産譲渡人から譲受人に移転する。
- この場合、敷金返還債務、必要費及び有益費償還債務も譲受人に移転する。
- 譲受人は、不動産の所有権移転登記をすることで、賃借人に自分が賃貸人であると主張できる。
-
(12)
物件が賃借人に引き渡された後、譲渡されれば、物件を購入した譲受人が賃貸人となる。これまでの判例のとおり。 - (13、14)
その場合、敷金返還債務、必要費及び有益費償還債務も新賃貸人に移転するかは明文規定がなかった。改正民法はこれらがいずれも譲受人に移転することを明定した。
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必要費及び有益費償還債務が新所有者に当然に移転することはこれまでの判例どおり。
他方、敷金について判例(最高裁昭和44年7月17日判決)は、旧所有者の下で生じた延滞賃料等の弁済に敷金が充当された後の残額についてのみ、敷金返還債務が新所有者に移転するとしていた。
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今回の改正でも、敷金返還債務のうちどれだけが新所有者に移転するのかは明定されていない。 - 新所有者が家賃等を賃貸人に請求できるようになるには、賃借人の同意があるときを除いて、所有権移転登記が必要なことは、これまでの判例どおり。今回それが明定された。
※ 必要費 : 例えば、雨漏りやトイレの修理代など、物件を維持するために必要となる修繕費。賃借人は直ちに賃貸人に費用を請求できる。
有益費 : 例えば、シャワー式洗浄トイレを新たに設置するなど、賃貸物件の改良や価値増加のために要した費用。必要費と異なり、賃貸借契約終了時に、その価値が残っている範囲で賃借人は賃貸人に請求できる。
有益費と小修繕に関する必要費を負わないとする特約は有効である。しかし、大修繕に関する必要費は無効。
→大修繕に関する必要費は高額であるし、大きな支出をしなければ使用できない物件を使用できるようにして貸すことは、賃貸人としての根本的な義務だから。
※ 物件の譲渡がある場合を除いて、賃借人の同意がなければ賃貸人の地位は移転しない。
↓
マンションなどで、当初は所有者AがBに賃貸していたところ、その後AとCで賃貸借契約を結び、CがAとBの間に入ってくる場合がある。Cが物件を管理し、Bから家賃を受領して手数料を控除しAに残額を払うサブリース(転貸)のような形態を採る場合。
しかし、そのような形態になったとしても、それだけではCがBに対する賃貸人となったとはいえない。
Bに対する明渡し訴訟で原告をAとCのどちらにするかで問題となる。
(7)通常損耗なら賃借人に原状回復義務はないか(621条)
賃借人は、通常の損傷(通常損耗及び経年劣化)を原状回復する義務はなく、それ以外の損傷も賃借人の責任でなければ原状回復義務を負わない。
通常損耗支払義務を賃借人が負わないことを初めて明定した。
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しかしこの新規定は、任意規定であり、契約によって賃借人の原状回復義務を広げることは可能。
最高裁平成17年12月16日判決は、通常損耗を折り込んで賃料が定められるから、特約がある場合を除いて、賃借人は通常損耗回復義務を負わないとした。
今回の改正もこれを踏襲しようとするものにすぎない。改正によっても、特約で通常損耗等を賃借人に負担させることはできる。
ただしその特約は、賃借人が現状回復義務を負う範囲、内容が具体的に明らかにされていることが必要。
(8)賃貸人の修繕義務(606条)、賃借人の修繕権(607条の2)
- 賃貸人は修繕の義務を負うけれども、賃借人の責任で修繕が必要となった場合はその義務を負わない。
- 賃借人は、次の場合は自ら修繕できる。
- 修繕が必要なことを賃貸人に通知してから、又は賃貸人が修繕が必要なことを知ってから、相当期間が経過しても賃貸人が修繕しないとき。
- 急迫の事情があるとき。
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これまでは、賃借人の責任で修繕が必要となったときは、賃貸人は修繕義務を負わないという明文規定はなく、この点は必ずしも明らかではなかった。
このことが改正民法で明定された。
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修繕が必要となった原因が賃借人の責任かどうかが争われるようになる。 - (18)
賃貸人が所有者であるにも拘わらず、物理的変更を伴うことが多い修繕を賃借人が権利としてできる場合が改正民法で明定された。
賃貸借契約でこれと異なる定めをすることはできる。
相当期間がどれくらいかは、修繕の具体的内容や修繕の緊急性によって定まる。
直ちに賃借人が修繕して構わない急迫性は、賃貸目的物が賃貸人の所有であることが多いにもかかわらず、賃借人がすぐに修繕できる場合とはどのような場合か、という観点で判断される。
賃借人が修繕した場合、賃借人は、賃貸人に、必要費又は有益費として請求できるのが原則。ここでは必要費の範囲が争われ得る。
4、その他のルールの改正による影響
(9)遅延損害金の利率(404条)
- 法定利率を、まずはこれまでの年5%から年3%に変更する。
※ 商事法定利率は現行商法514条で年6%とされているところ、同条を削除し、改正民法の法定利率に統一する。 - 利息の利率は、特段の意思表示がないときは、当該利息が生じた最初の時点での法定利率による。
- 法定利率は、法務省令で3年ごとに変更される。
変更の方法は、前年を除く直近過去5年間の各月における短期貸付け(各月で銀行が新たに行った貸付期間1年未満の貸付け)の平均利率の合計を60で除して計算した割合を「基準割合」とし、直近で法定利率が変更された期(以下「直近変動期」)の基準割合と当期の基準割合との差が1%以上ある場合に、1%刻みで変動させるというもの。1%未満の端数は切り捨てる。
低金利が長期間続いており、現行法定利率の年5%(商事法定利率は年6%)が高すぎる。当面これを引き下げて3%にし、以後3年ごとの変動制にする。短期的な政治的経済的影響を除くため過去60ヶ月の平均と比較する。
家賃等の遅滞があった場合の遅延損害金が年何%になるかは賃貸借契約に定められている場合も多い。しかし定められていない場合はこの法定利率による。
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今回の改正までは、会社が賃貸人又は賃借人であった場合等は年6%(商法に定められている利率)で、そうでない場合は年5%だった。それが改正後はまず3%になり利率が下がる。その後は変動する。
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一定の利率を契約時に約定しておくのが債権管理上は便利。例えば、「家賃その他の本契約から生じる賃借人の債務が支払われなかった場合は、年10%の損害金を付加して支払うものとする。」等の条項を賃貸借契約に入れておく。
(10)将来発生予定の家賃債権を譲渡できるか(466条の6、467条)
債権譲渡のときに現に発生していない債権も譲渡できる。譲受人は、将来発生する債権を取得する。
現に発生していない債権の譲渡も、譲渡人による通知又は債務者の承諾が内容証明等でなされれば、同じ債権を譲渡された他の者に優先できる。
現行法は譲渡時に発生していない債権(将来債権)の譲渡に関する規定を置いていない。しかし判例(最高裁平成11年1月29日判決等)で認められている。今回それが明文化された。
※ 将来債権譲渡に関する最高裁平成11年1月29日判決
医師の将来8年3ヶ月間の診療報酬の一部についての譲渡契約について、6年8ヶ月目以降部分の債権譲渡の効力が争われ、最高裁はこれを有効とし、次のとおり判断した。
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- 債権譲渡契約締結時に債権発生の可能性が低かったことは、債権譲渡契約の効力を当然に左右するものではない。
- 債権譲渡契約締結当時の譲渡人の資産状況、営業等の推移の見込み、契約内容、契約締結経緯等を総合的に考慮し、期間の長さ等の債権譲渡契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるなどの特段の事情が認められる場合は、当該債権譲渡契約は公序良俗に反するなどとして効力が否定されることがある。
賃貸人は、資金繰り等必要があれば、将来発生する家賃債権を譲渡できる。譲渡された債権は、それが発生するとそのまま譲受人のものになる。
内容証明郵便等によって譲渡したことについて、譲渡人(賃貸人)が賃借人に通知するか、又は債務者(賃借人)が譲渡人(賃貸人)か債権の譲受人のいずれかに対して承諾通知を出すなどすれば、その後同じ家賃債権を譲り受けた他の者に優先できる(以下「通知による対抗要件具備」)。
なお、法人である賃貸人が家賃債権を譲渡する場合は、特例法で、債権譲渡ファイルへの登記でもこれらの通知と同じ効果が認められている。
※ 家賃債権が譲渡された後、不動産が譲渡され、賃貸人が不動産譲受人になった場合はどうなるか。
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この場合でも不動産の所有権移転登記前に、上記通知による対抗要件具備があれば、家賃債権の譲受人が家賃を取得する(最高裁平成10年3月24日判決)。
したがって、賃貸不動産を取得する場合は、将来家賃が既に他に譲渡されていないか賃借人に確認すべき。
(11)賃貸借契約の解除ができない場合(541条、542条)
- 契約は相当期間を定めて催告をしても履行がなければ解除できるのが原則。しかし、催告期間を経過した時点で存在する債務不履行の程度が、契約及び社会通念上軽微なときは解除できない。
- 債務者が債務の全部の履行を拒絶するという意思を明確に表示していたときは、無催告で解除できる。
- 現行法の下でも、不履行が数量的にごく僅かであったり、付随的義務に違反したのみのときは、原則として解除できないと解すのが一般。この点を明文化した。
- 履行拒絶意思が明確なときはで催告する必要はないから。
- 賃貸借契約の解除は、信頼関係が破壊されたといえる債務不履行がなければ解除できないという考えが確立している。
賃貸人が、家賃3か月分の滞納があったため、「1週間以内に支払え。払わなければ解除する。」と通知した場合で、賃借人が1週間以内に2.5ヶ月分だけ払った場合、賃貸借契約を解除できるか。
↓
その状況が信頼関係を破壊したと評価できるかがポイント。
今回の上記改正もあるので、同様の催告→一部支払いが繰り返されたとか、それまでもしばしば家賃不払いを繰り返していたとかなどの事情がなければ、催告期間経過時点で0・5ヶ月分の未払いが残るだけでは解除は認められないと考えられる。 - 賃借人が「そんなことを言うならもう払わない」と言ったというだけでは足りず、家賃不払いの強固な意志がはっきりと、しかも証明できる形で示されたことが必要。
(12)意思表示の到達(97条2項)
相手方が正当な理由なく意思表示の通知の到達を妨げたときは、通常到達すべきときに到達したものとみなされる。
家賃支払いの催告や賃貸借契約解除などの通知が受領拒否される場合がある。それでも催告や解除の意思表示が到達したとされる場合が改正民法で定められた。
前提として、ある程度当該意思表示の内容が推知できることが必要と考えられる。
全く知らない弁護士からの趣旨不明の内容証明郵便を受領拒絶したとしても、正当理由があると認められる可能性がある。しかし、賃貸人や、賃貸人代理人と表示した場合、保証会社から債務者への連絡は、内容が予想できるのが通常と考えられる。
内容証明郵便が返送される理由の中にも「受け取り拒否」がある。賃貸人や賃貸人代理人弁護士等からの賃貸借契約解除等の内容証明郵便が受け取り拒否された場合は、これらの意思表示は送達されたと解してよい場合が多いと考えられる。
(13)消滅時効(166条1項、151条)
- (時効期間)(166条1項)(23)
債権は、権利行使できることを知ったときから5年間、又は権利行使できるときから10年間で時効消滅する。 - (協議による時効完成猶予)(151条)(24)
当事者が権利に関する協議を行う旨、書面又は電磁的記録で合意(以下「猶予の合意」)したときは、次の3つのいずれか早いときまで消滅時効は完成しない。
- 合意があったときから1年間、
- 協議期間が1年未満のときはその期間、
- 協議続行拒絶通知から6ヶ月、
※ 時効の完成が猶予されている間に改めて猶予の合意をすることもできる。ただし、本来の時効満了時点から通じて5年間を超えることはできない。
- これまで債権の消滅時効は、原則として「権利行使できるときから」10年間だった。
↓
今回の改正でもその枠組み自体は維持される。しかし、これに加えて「権利行使できることを知ったときから」5年間の消滅時効が新設される。
したがって、大部分の債権は、この5年間の時効期間にかかると考えられる。
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これまでも賃貸借契約の賃料請求権の消滅時間は5年間だった(民法169条)。また、保証会社の賃借人に対する請求権等、会社の取引債権等の商事債権の消滅時効期間も5年間(商法522条)だった。
今回の改正で消滅時効期間は上記新規定に統一され、民法169条も商法522条も削除される。
このように賃料債権も、保証会社の賃借人に対する債権もこれまでも5年間だったので、実質的な影響はない。 - 新設規定であり、権利の存否、内容等について協議することを書面化し、更新することで、最長5年間、消滅時効の完成を阻止できることになる。
(14)約款に関する民法改正は不動産賃貸借契約も対象とするか(548条の2〜4)
- ある特定の者(A)が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部または一部が画一的なことが契約当事者双方に合理的なものを「定型取引」という。定型取引の内容とするためにAが準備した契約条項の総体を「定型約款」という(548条の2)。
定型約款の条項中、社会通念に照らして信義に反し相手方の利益を一方的に害する条項は、合意がなかったとみなされる(548条の2)。 - Aは、変更が相手方の一般的な利益に合う場合、又は、契約目的に反せず、必要性、相当性等に照らし合理的な場合に限り、相手方の同意なく定型約款を変更できる(548条の4)。
定型約款が効力を生じる根拠、多数の相手方が不合理な不利益を被ることなく業者側が一方的に定型約款を変更できる場合等を明確にする必要があるため。
不動産賃貸借契約は、たとえ賃貸人や管理業者が予め契約条項を用意している場合でも、不特定多数の者を相手方とする取引ではなく相手方の個性に着目した取引だから、「定型取引」ではない。
したがって、準備された賃貸借契約や保証契約であっても、「定型約款」ではなく、定型約款についての改正民法の適用はない。同様に労働(雇用)契約にも適用がない。
5、改正民法施行前後の契約等と改正民法の適用関係
改正民法の施行日前に行われた契約等と改正民法の適用関係(経過措置)については、改正民法の附則が定めている。
↓
附則は、施行日前に締結された契約、及びそれらの契約に付随する特約については、改正前民法が適用されることを基本とし、例外をいくつか設けている。
具体的には、
- 施行日前に締結された次の契約、及びそれらの契約に付随する特約は、改正前民法が適用される(附則34条1項)。
売買、消費貸借、使用貸借、賃貸借、雇用、請負、委任、寄託、組合 - 施行前に発せられた解除等意思表示の到達(6条2項・以下の条文は附則)、施行前に生じた債権の消滅時効期間(10条4項)、施行前に生じた利息や遅延損害金の法定利率(15条1項、17条3項)、施行前に生じた交通事故などにおける中間利息控除に適用される法定利率(17条2項)、施行前にされた保証契約(21条1項)や債権譲渡(22条)や相殺禁止特約(26条1項)、施行前に締結された契約の解除(32条)、施行前にされた売買契約や賃貸借契約や請負契約(34条1項)、これらについての規律は、改正民法施行後も改正前民法による。
他方、施行前に締結された定型約款については、改正民法施行後は、改正民法によるのが原則である(33条)。 - 改正民法施行後に契約を更新したらどうなるか
(賃貸借契約)
法務省立法担当者の編著による「一問一答 民法(債権関係)改正」(商事法務 2018年3月15日発行)(以下「一問一答」)p383〜384によれば、改正民法施行以後に契約が更新されたら、@改めて更新合意をする場合も、A期間満了前に当事者が異議を述べないために自動的に更新される場合も、B単に期間だけを更新する当事者の更新合意の場合も、すべて改正民法が適用されるとしている。
他方、C借地借家法に基づく賃貸借契約の法定更新(賃貸人の更新拒絶に正当理由がないために更新される等)には、改正民法施行以後の当事者の意思と関係がないため、改正前民法が適用されるとしている。
(賃貸借以外の附則34条1項記載の契約)
上記一問一答の説明では、@合意更新であろうが、A異議が出ないために更新される場合であろうが、B期間だけの合意更新であろうが、全て改正民法が適用されるとされている。
(保証契約 附則21条)
保証契約については、附則21条1項が定めており、施行日前に締結された保証契約は改正前民法によると定めている。
また、保証契約が更新された場合は、上記@ABすべての場合で、すべて改正民法が適用されると考えられる。
この場合、保証契約更新の場合、個人根保証人との間等では極度額を合意しなければ当該更新保証契約の効力が生じないことになる。