改正民法(債権法)が不動産賃貸業に与える影響のポイント 最近の不動産賃貸借関係注目判例
第2.最近の不動産賃貸借関係注目判例
1. 東京地方裁判所平成25年8月19日判決(確定)(判例スライド1)
【争点】
- 通常損耗についての原状回復特約の効力
- 通常損耗か賃借人の不注意による損傷かの判断
【事案】
建物の賃貸人である原告が、その賃借人である被告会社に対し、賃貸借契約を解除したうえ未払い賃料等を請求したところ、賃借人は、敷金返還請求権と対当額で相殺した。
賃貸人は、敷金は原状回復費用に充当されていると主張し、賃借人は通常損耗だから充当はできないと主張した。
賃貸借契約には、
賃借入は、賃貸借室を賃借入または賃貸人が承諾した頭書に記載の入居者(被告会社)の事務所を目的として使用する。
賃貸借契約が終了したときは、賃借入は、賃貸借室及び付属設備造作の破損個所並びに汚損個所を、自己の費用をもって修理もしくは取り替え及び清掃し、賃貸借室を原状に復して、これを賃貸人に明け渡さなければならない。
本物件は事務所使用となっており、解約時の原状回復工事費用は賃借入負担とする。
退室時の賃貸借室内の、清掃費、補修費は賃借入の負担とする。
旨の記載がある。
【裁判所の判断】
賃借入が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる建物の劣化や価値の減少、すなわち通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、必要経費分を賃料の中に含ませることが行われ、賃借入はそのような賃料を対価として賃貸人に支払っている。
したがって、賃借入に通常損耗の原状回復義務を負わせるのは、原則として許されず、認められるためには、賃借入が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されている等、その旨の通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要。
同特約がない限り、賃借入の故意・過失、善管注意義務違反、その他建物賃貸借契約の趣旨・内容から想定される通常の使用を超えた使用によって汚損・毅損等を発生させた場合、すなわち特別損耗に限って、賃借人が原状回復すべき義務を負う(最高裁平成17年12月16日判決)
本件賃貸借契約における原状回復に関する約定を定めているのは上記(原状回復)と(特約事項)の条項であり、通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されているということはできない。
したがって、本件賃貸借契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているとはいえない。
賃借入が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる建物の劣化や価値の減少(通常損耗)にすぎないか、それとも被告会社の故意・過失、善管注意義務違反その他建物賃貸借契約の趣旨・内容から想定される通常の使用を超えた使用によって汚損・穀損等を発生させた場合(特別損耗)に当たるかを検討する。
↓
- 紙原状回復工事一覧番号2 (リビング・洋室のエアコン内部清掃)
原告は、被告会社が本件建物部分を事務所として使用することにより、不特定多数の人物が本件建物部分を出入りする状況にあり、居住用の建物において想定されるような通常の使用を超える使用方法にならざるを得ないため、あえて特約事項を個別に合意した、と主張する。
しかし、本件契約書において、被告会社が事務所を目的として使用することが明記されており、事務所として使用することは本件賃貸借契約上の本来の使用目的である。したがって、事務所としての通常の使用方法により生じた損耗は特別損耗には当たらない。 - 回復工事一覧番号4ないし6 (玄関・LDK、 トイレ、洋室の壁塗装)
原告は、玄関・LDKの壁面のポスター等をはがした跡、フックの残置物・撤去跡、家具類の引きずり跡、 トイレの壁面の穴、洋室の壁面の家具類の引きずり跡は、被告会社の少なくとも過失により残された損傷であると主張する。
しかし、本件建物を事務所用に使用すること自体が通常の使用を超えた使用に当たることはなく、事務所として使用する場合に、壁面に粘着テープ等を使用してポスター等を貼ったり、フックを設置して物を掛けたりすることはあらかじめ想定される使用方法と考えられるから、それらの跡やフック等が残っていたとしても通常の使用を超えたものとはいえず、それらの原状回復費用は賃料によってカバーされているものといえる。
これに対し、 トイレの壁面に穴を開けることは事務所としての通常の使用方法として想定されておらず、また、引きずり跡は、部屋の模様替えにおいて家具類を搬入・搬出又は移動する際に善良な管理者としての注意義務を尽くせば、家具類を引きずることなく移動することができるから、 トイレの壁面の穴並びに玄関・LDK及び洋室の各壁面における家具類の引きずり跡は、賃借入の善管注意義務違反によって発生した特別損耗に当たると認めるのが相当である。 - 別紙原状回復工事一覧番号7 (トイレ・洋室・LDKの引戸、木枠、巾木、膳板塗装)
上記各損耗は、事務所としての通常の使用や木材の経年劣化によっても生じうる損耗にすぎず、これらの損耗が被告会社又はこれと信義則上同視すべき利用補助者の善管注意義務違反、その他の故意・過失によって生じたという事実を認めるに足りる証拠はない。 - 別紙原状回復工事一覧番号8 (LD ・洋室のフローリング床補修)
本件建物部分のLD・洋室のフローリング床に4か所の傷が付いていることが認められるところ、これらの損傷は事務所としての使用によって通常発生するものとはいえず、また、仮に引っ越し又は部屋の模様替えにおいて家具類を搬入・搬出又は移動する際に生じた傷であるとしても、善良な管理者としての注意義務を尽くせば、フローリング床に傷を付けることなく家具類を移動することができるから、上記各損傷は、賃借入の善管注意義務違反によって発生した特別損耗に当たると認めるのが相当である。
以上によれば、被告会社は、 敷金の残り7万1529円について、原告に対する返還請求権を有するから、これと未払賃料等を相殺することができる。
2. 東京地方裁判所平成30年2月20日判決(確定)(判例スライド2)
【争点】
賃貸人は、賃借人である会社の代表取締役個人に対し、会社が債務超過等であるのに会社の建物使用を継続して損害を拡大させたことを理由に損害賠償請求ができるか。
【事案】
賃貸人が原告。賃借人であるA社(破産)の代表取締役個人が被告。
賃貸物件は、東京都中央区のビルの一室 67.41平方メートル。
- 使用目的:整体、骨盤矯正等の店舗・事務所
- 賃貸期間:平成25年11月1日〜平成27年10月末日
- 賃料:月額38万5371円(その後40万7392円)
- 償却費:本件賃貸借契約終了時に賃料の2か月分を償却する。
- 袖看板使用料:月額1万5750円
- 敷金:183万5100円
- 原状回復義務:A社は本件建物内及び袖看板につき原状回復する。
- 明渡遅滞の損害賠償:賃料相当額の倍額
A社は、平成28年10月分(一部)から本件建物の賃料等を延滞し始め、被告は、原告に対し、129万0658円の支払が滞っていることを認め、資金繰りをして未払い分を平成29年2月17日までに弁済する。支払ができなかった場合は同年3月1日に退去する旨の念書を差し入れた。
A社は、同年2月末頃、営業を廃止し、従業員全員を解雇した。同時点における資産は、多くても100万円程度(本件賃貸借契約に係る敷金から償却費を控除した残額)であり、その負債は、少なくても2500万円程度だった。
被告は、弁護士とともに、原告に対し、新しい賃借人を探すので、平成29年3月末日まで明渡しを延期してほしいと申し入れたものの、同月30日、原告に対し、話はなくなったと伝えた。
原告は、賃貸借契約を解除し、A社は、平成29年4月、建物を明け渡し、A社は、同年10月破産手続を申し立てた。
【原告の主張】
被告は、A社の代表取締役として、A社の経営責任(善管注意義務ないし忠実義務)を負っているところ、一般に、債務超過又はそれに近い状態の株式会社においては、経営者には、会社債権者の損害拡大を阻止するため再建可能性や倒産処理等を検討すべき善管注意義務が課せられている。
A社の状態からすれば、被告は、平成28年11月頃には営業を継続しても会社債権者の損害が拡大することを予見できたから、速やかにA社の営業を中止して、本件建物を明け渡すべきであった。にもかかわらず、漫然とその営業を継続し建物使用を継続させたから、これによる原告の損害賠償をすべき義務がある。
被告が、支払能力のないA社に本件建物の使用を継続させたことにより、原告には、208万0084円の損害が生じている。
【裁判所の判断】
仮に会社が債務超過又はそれに近い状態にあったとしても、取締役において、直ちにその営業を中止すべき注意義務があるわけではなく、今後の事業の見通しや資金援助の有無等を総合的に検討した上で、再建可能性があるのか、倒産手続を視野に入れるべきなのかなどについて、経営者としての判断を行っていくことになるというべきである。
その判断の過程や内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。
確かに、平成28年10月頃からA社の経営状態は悪化し、平成29年1月時点に至っては本件賃貸借契約に係る賃料等の支払も自己資金では賄いきれない状況にあった。しかし、一旦遅滞した平成28年10月分の賃料等についてはその後支払っており、これまでも1900万円余りの資金援助を行ってきたBからの借入れ話(200万円程度)があり、その話が頓挫した後、被告が新しい賃借人を探したが奏功しなかったこと等からすれば、被告の判断が不合理であったとは認められない。
したがって、原告のA社代表取締役に対する損害賠償請求は認められない。
3. 東京高等裁判所令和元年7月17日判決(確定)(判例スライド3)
【争点】保証人への請求が権利の濫用として認められない場合。
【事案】
賃貸人である控訴人(以下「賃貸人」)がAに市営住宅を賃貸し、Aの母である被控訴人(以下「保証人」)がAの連帯保証をし、賃貸人が保証人にAの滞納賃料等の支払を求めたところ、保証人は、その請求は権利濫用である等と主張して争った。
【裁判所の判断】
本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係である建物賃貸借契約においては、保証人の責任が無制限に拡大する可能性・危険性があることに鑑み、賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず、賃貸人が、保証人にその旨を連絡することもなく、いたずらに契約を存続させているなど一定の場合には、保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ると解すべきである(最高裁平成9年11月13日判決参照)。
本件では、平成29年4月分以降の請求は、権利濫用にあたり許されないというべきである。
すなわち、賃貸人は、平成27年4月にAの生活保護が廃止されることを保証人に知らせなかった。生活保護が廃止されれば、それまでの代理納付も廃止され、Aが自ら賃料を支払わなければならず、これまでのAの滞納状況や保証人との連絡等が困難な状況から、賃貸人としては、その後Aが滞納を続けることを予測することができた。
一方で、保証人は、Aが生活保護を受給していることは知っていても、これを廃止されることになることは知らずにいた。実際、生活保護廃止後にAの滞納賃料は累積し、その支払について賃貸人から督促依頼状が送付され、保証人は、平成28年6月11日には累積債務額について分納誓約書を提出している
その頃には保証人も70歳に達し年金受給者となっており、Aとも連絡が取れず困っていたことを賃貸人も把握していた。平成28年5月27日に債権移管決定通知書が送付されて以降は、保証人もしばしば賃貸人担当者に、Aを住宅から追い出すなどの厳しい対応をすることを要求したり、自分も年金生活者で分割払いの履行もなかなか困難であることなどを訴えていた。
このような経緯に照らせば、Aの生活保護が廃止された以後は、賃貸人は保証人の支払債務の拡大を防止すべき措置を適切に講ずべきであり、かかる措置をとることなくその後の賃料を保証人に請求することは、権利の濫用にあたるというべきである。
賃貸人は、市営住宅家賃滞納整理事務処理要領に則った対応を取っていたと主張する。しかし、賃貸人担当者は、長年A本人と直接連絡を取れずにおり、A世帯の居住実態が不明なままであるというのに、本件住宅を訪問して、集合ポストに連絡してほしい旨の通知を投函するのみで、それ以上の積極的な方策をとることをせず、保証人のみに支払請求をしていた。
したがって、遅くともAの生活保護が廃止された2年後の平成29年4月分以降の支払を保証人に請求することは権利濫用として許されない。
4. 東京地方裁判所平成29年2月21日判決(判例スライド4)
【争点】保証会社による家財道具等撤去・処分の適法性
【事案】
原告(賃借人)は、被告(保証会社)が、賃貸借契約解除の通知及び家財等の撤去の通知を行うことなく、賃借物件内の家財等を撤去して即時処分したことにより、家財類の価額相当の損害を被り、精神的苦痛を受けたとして、慰謝料等1500万円の損害の賠償を請求した。
原告は、平成27年7月30日に刑事事件を起こした。原告は、被告から2回、賃料支払催告を受けたが、被告は、原告に対し、賃貸借契約解除の通知及び家財等の撤去通知を行うことなく、平成28年1月頃、本件処分をした。
被告は、原告と連絡がとれなくなったこと等によりやむを得ず本件処分を実行したのであり、義務違反はないし、不法行為は成立しない。
すなわち、
被告は、原告からの平成27年9月分以降の賃料が不払になった。
被告が、原告の緊急連絡先へ架電したところ、原告の弟を名乗る人物が応答し、原告とは長年音信不通で、連絡先は携帯しか知らない旨述べた。
被告が原告に対し、賃料催告の通知書を内容証明郵便にて郵送したところ、不在のため持ち戻りとなった。被告は、原告に対し、複数回書面により賃料の催告を行っているが、原告からの返答はなかった。
被告は、原告が事件にあった可能性もあると考えて警察に通報し、平成27年12月16日、警察官立会の下、本物件内を確認したところ、本物件内には、人が居住している形跡がなく、冷蔵庫の中には一切食べ物が入っていないといった状況であった。また、本物件の電気、水道は停止されており、郵便物も大量にたまり回収されていない様子であった。
原告が刑事事件を起こしたという平成27年7月から被告が本件処分をした平成28年1月まで、5か月以上が経過しているが、原告は、本件物件を不在にし、賃料の支払いが滞っていることを知りながら、被告に何ら連絡をしなかった。原告が勾留されていたとしても、国選弁護人等を通じて被告に連絡をすることは可能であったと考えられるが、原告は一切連絡をしなかったのであるから、本物件内の動産について処分を認める意思であったことが窺える。
本件保証委託契約書約款第12条6項@は「電気・ガス・水道の利用状況、郵便物の状況等から、賃借人が本物件において通常の生活を営んでいないと認められるとき」は、同項本文により「本物件の明渡しが成立した」とみなされるとし、被告は、同条7項に基づき、本物件内の動産類の所有権が放棄され、これらの搬出、運搬、処分への同意があったものと判断し、本件処分をした。
原告は、平成28年2月下旬頃、被告に対し、原告が、現在東京拘置所にて収監されていること、本物件内の動産処分を認めること、本件賃貸借契約の賃料、本物件内の動産類の処分費用、荷物の保管費用等を支払うため請求書を送付して欲しいこと等を記載した手紙を送付し、被告が、同年3月24日に東京拘置所を訪問し、原告と面会したところ、原告は、手紙と同内容を述べ、同年4月10日までに支払うから請求書を送付するよう求めたので、被告は請求書を送付したが、支払いはなかった。
【裁判所の判断】
本物件の水道は、平成27年12月7日に給水停止されており、平成27年12月16日ころには、郵便物が回収されていない状態であった。また本物件は、原告が身柄拘束された後は、居住者がいなかったから、被告が本物件内を確認した平成27年12月16日頃には、冷蔵庫内に食べ物がなかったことが推認される。
本件保証委託契約書約款第12条6項@には「電気・ガス・水道の利用状況、郵便物の状況等から、賃借人が本物件において通常の生活を営んでいないと認められるとき」は、賃借人は、同項本文により「本物件の明渡しが成立した」とみなすことに同意すると規定され、この場合は、同条7項に基づき、本物件の賃借人は、本物件に残置された家財道具等の動産類の所有権を放棄し、保証会社がこれらの搬出、運搬、処分することに何ら異議を述べないと約定されている。
本物件の状態は、同約款が定める賃借人が本物件において通常の生活を営んでいない場合に該当するものと認められ、すると、原告は、本物件内の動産類について所有権を放棄したものとみなされることになる。
被告が、動産類を搬出した場合の保管期限は最長1か月であるところ(同約款第13条)、被告が本件処分をしたのは、平成28年1月19日頃であり、本物件の給水停止等を確認してから1か月以上が経過している。
また、原告が本物件の賃料を支払ったのは、平成27年8月分までであり、本件処分までは、約5か月が経過していることに照らせば、本件処分には違法性がないものというべきである。
原告は、被告に対し、平成28年2月25日頃、未払賃料や荷物の撤去費用等の被告が要した費用全額を支払うと申し入れ、荷物の処分は、原告が悪いから仕方ないと記載した手紙を送付しており、このことからしても、原告は本件処分につき、被告に対する責任追及は放棄しているとみることができる。
よって、被告がした本件処分は、原告による明渡しが成立したとみなされる本物件内に原告が残置し、所有権を放棄した動産類を処分したものであり、違法性はなく、不法行為が成立しない。原告の請求は理由がないから棄却する。
5. 東京地方裁判所平成26年8月22日判決(確定)(判例スライド5)
【争点】
賃借人は別人か
【事案】
賃貸人は、Yと称する者との間で、平成21年12月18日、aマンション102号室(東京都目黒区)を、期間2年、賃料等月額15万3000円で賃貸し、保証会社Xは、滞納賃料を代位弁済して137万7000円を賃借人に求償請求して、本訴を提起した。
被告は、自分は賃借人ではないと主張して争った。
- 保証会社Xの主張
契約の締結に先立ち、本人確認資料として、本件賃借人から被告の保険証の写し及び平成20年分の源泉徴収票の写しが提出されている。 - 被告の主張
被告は、不動産賃貸借契約及び本件保証委託契約のいずれの契約書にも署名押印していない。また、被告は、本件不動産賃貸借契約及び本件保証委託契約の締結を誰かに依頼したこともない。
【裁判所の判断】
賃貸借契約書には、賃借人の住所欄に、印字で「東京都世田谷区……」と記載され、同氏名欄には、手書きで「Y」と記載されている。
保証委託契約の契約書には、賃借人の住所欄には「東京」都「世田谷区……」、同氏名欄には「Y」、同電話番号の携帯欄には「080」−「○○○○」−「○○○○」、同生年月日欄には19「72」年「○」月「○」日とそれぞれ手書きで記載されている。
同契約書の賃借人のお勤め先欄には、名称「(株)b」、所在地「港区……」、電話番号「03」−「○○○○」−「○○○○」、年収「720」万円/年、勤務年数「2」年とそれぞれ手書きで記載されている。
さらに、同契約書の緊急連絡先欄には、住所「東京」都「世田谷区〈以下省略〉」、氏名「C」、続柄「父」とそれぞれ手書きで記載されている。
本件賃借人は、保証会社Xに対し、本件各契約の締結に際し、被告名義の国民健康保険被保険者証の写し、及び株式会社bの発行による平成20年分源泉徴収票の写しを提出している。
しかし、各署名の筆跡は、被告の筆跡と明らかに異なっている。
また、被告は、本人尋問で携帯電話機の電話番号は以前から変えていないと述べているところ、契約書に記載された電話番号は、平成22年12月20日に保証会社Xの担当者と被告が通話した際に使用された携帯電話機の電話番号とは異なっているから、契約書は、被告以外の第三者が署名押印して作成された可能性が高い。
保険証は、名義人である被告以外の者が所持している可能性は低いといえるけれども、被告は、平成21年10月1日に国民健康保険被保険者証の更新をした後、平成22年7月20日、国民健康保険被保険者証の再交付を受けており、国民健康保険被保険者証を紛失したものと考えられるから、被告の紛失した国民健康保険被保険者証が本件保険証写し作成に利用された可能性も否定できない。
源泉徴収票については、これに記載された会社の電話番号は、本件保証委託契約の契約書に記載された電話番号と異なっている上、その内容からは、両者が異なる地区の電話番号と考えられる。さらに、本件源泉徴収票によれば、被告は平成20年3月6日に就職したこととなっており、それを前提とするならば、契約が締結された平成21年12月18日時点での勤務年数は1年9か月余りであるにもかかわらず、本件保証委託契約の契約書には、勤務年数について2年と記載されているなど、その記載内容に齟齬等が認められる。したがって、本件源泉徴収票写し自体、真に被告の源泉徴収票の写しであるか疑問が残る。
したがって、本件各契約が、被告自身によって、もしくは被告から代理権を授与された第三者又は被告の使者によって締結されたとまでは認められず、被告が本件各契約の各当事者であるとはいえない。
たしかに、本件保証委託契約の契約書には被告の父親の住所等が正確に記載されており、記載事項は、近しい関係にある者以外は通常知り得ないと考えられるが、第三者が全く知り得ない情報とまではいえない。他方、、本件保証委託契約の契約書には、本人であれば間違うはずのない勤務先の電話番号や勤務年数の記載に齟齬や不正確な箇所が認められること、被告の携帯電話番号も、保証会社X担当者が被告と連絡をとった時点のものとは異なっていることに照らすと、被告の父親の住所等が契約書に正確に記載されていたことをもって、被告が同契約書の作成に関与していたと認めることはできない。
(保証会社Xの請求棄却)
以 上
