民事執行法の改正、強制執行・賃貸借契約に関する近時の注目判例
第1.民事執行法の改正
令和2年(2020年)4月1日施行
(令和元年5月10日成立、同年5月17日公布)
1.(財産開示手続の改正)
(1) (経緯、手続等)
平成15年に債務者の財産状況の調査制度=財産開示手続が創設されている。しかし、その後手続申立件数は、年間1000件前後と低調だった。
令和元年5月10日、「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律」成立。
令和2年4月1日施行。
【財産開示手続】(改正民事執行法196条以下)
債権者が債務者の財産に関する情報を取得する手続で,債務者が財産開示期日に裁判所に出頭し,債務者の財産状況を陳述する手続。
債権者は,陳述によって知り得た債務者の財産に対し、別途強制執行の申立てをする。
管轄裁判所は、債務者の住所地、本店所在地を管轄する地方裁判所。
※ 不奏功要件
不奏功要件とは、実際に強制執行等を行ったものの債権の完全な弁済を得ることができなかったとき、又は、債権者が知っている財産への強制執行を実施したとしても債権の完全な弁済を得られないことを裁判所に疎明したとき、のいずれかでなければ、財産開示手続を行うことができないというルール(民事執行法197条1項)。
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今回の民事執行法改正でも、債務者のプライパシーや営業秘密保護の観点で、この要件は撤廃されなかった。
(2)(具体的改正内容)
これまでの民事執行法では、仮執行宣言付判決、仮執行宣言付支払督促、執行証書(金銭請求についての公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨記載されているもの)等を有している債権者は、財産開示手続申立権者から除かれていた。権利が確定判決に比して不安定である等の理由からである。
しかし、改正民事執行法は、これらの者も申立権者に加えた(改正民事執行法197条l項)。
旧法は、財産開示手続に債務者が違反した場合、30万円以下の過料(行政罰)のみを罰則としていた。しかし、これでは財産開示手続の実効性を担保できないため、改正民事執行法は、 6月以下の懲役または50万円以下の罰金とした(改正民事執行法213条l項5号、6号)。
これによって、
・裁判所の呼出しを受けた財産開示期日において、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓を拒んだ債務者
・財産開示期日において宣誓した債務者で、正当な理由なく陳述すべき事項を陳述をせず、又は虚偽の陳述をした債務者
に対し、上記刑事罰が科され得ることになった。
この改正は、財産開示制度の実効性を大きく向上させると考えられる。
(ア)改正民事執行法は、債務者の陳述だけではその財産調査に限界があるので、債務者以外の第三者から、債務者の財産情報、具体的には債務者の不動産、給与、預貯金・上場株式等の情報を得る手続を新設した。
- 管轄 : 債務者の住所地、本店所在地を管轄する地方裁判所。それがないときは、債務者の財産に関する情報の提供を命じられるべき第三者の所在地を管轄する地方裁判所(民事執行法204条)。
- 裁判所から情報提供を命じられた第三者は、裁判所に対し、書面で情報提供をしなければならない(民事執行法208条1項)。
第三者から情報提供された場合、裁判所は、申立債権者に対し、第三者から提出された書面の写しを送付する(民事執行法208条2項前段)。ただし、第三者が直接申立人に書面の写しを送付した場合は裁判所からは送付されない(民事執行規則則192条2項)。
- 第三者から情報が提供されたら、裁判所は、債務者に情報提供がされたことを通知する(民事執行法208条2項後段)。 なお、処分が容易であるために密行性を要する預貯金、上場株式については、通常、情報取得後強制執行に要する期間(1ヶ月くらい)を経過した後に通知される。
- 債権者は、第三者からの情報提供が裁判所によって却下された場合、不服申立(執行抗告)ができる(民事執行法205条4項等)。
- 債務者は、第三者からの情報提供が裁判所によって認められた場合、
預貯金、上場株式については、処分容易なため不服申立をしている間に処分される可能性があるから、不服申立は認められていない。
これに対し、不動産、給料については、不服申立(執行抗告)が認められている(民執法205条4項、 206条2項)。 - 第三者によって提供された債務者財産情報の秘匿保護の必要性に配慮し、事件記録の閲覧謄写ができる者は、申立債権者、当該情報取得手続を申し立てることができる債権者、債務者、当該情報提供者に限定されている(民事執行法209条1項、2項)。
【目的外利用の制限】
債権者は、第三者の情報提供手続で得られた情報を、当該債務者に対する債権をその本旨に従って行使する目的以外で利用したり、提供したりしてはならない(民事執行法210条l項)。事件記録閲覧謄写で情報を取得した者も同様(同条2項)。
強制執行、任意弁済交渉、倒産手続申立などが本旨に従って債権を行使する場合と考えられる。
この情報利用制限に反して、情報を利用、又は提供した場合、 30万円以下の過料に処される(民事執行法214条2項)。
財産開示手続で債務者から提供された情報を債権の本旨に従った行使以外の目的で利用、提供した場合も、同様の科料に処される(民事執行法214条1項)
(イ)(不動産)
債務者の自宅等であれば登記をチェックして情報を入手することも容易である。しかし、その他に債務者が所有している不動産を調査することは容易ではない。
そこで改正民事執行法は、債務者に対する財産開示手続で実施された財産開示期日から3年以内に限り、登記所に対し、検索を求める不動産所在地の範囲を定めて(民事執行規則187条1項)、情報提供を求めることができるとされた(民事執行法205条)。
- 財産開示前置にした理由は、登記所の守秘義務も考慮する必要があるから。
- 不動産所在地の範囲は、「東京都」「大分県及び福岡県」「全国」などと指定することになる。
検索の範囲を広くすると検索にかかる時間は長くなると考えられる。 - 提供される情報は、債務者が所有権の登記名義人である土地又は建物その他これらに準ずるもの(民事執行法205条1項)。これらに準ずるものとしては、地上権、賃借権などが考えられる。
※ 不動産情報取得手続は、登記所のシステム新たに構築する必要があるため、改正法公布日(令和元年5月17日)から2年を超えない
範囲で政令で定める日までは適用されない(附則5条)。
(ウ)(給料)
給料は債務者の唯一の強制執行対象財産であることも多い。
他方、債務者の生活の基盤であり、また情報提供を求める第三者が市町村や厚生年金機関等になるため守秘義務との調整も必要となる。
そこで、改正民事執行法は、債務者の給料について情報開示を求められる債権者は、
- 養育費等に係る請求権、
- 人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権についての債権者に限った(民事執行法206条1項)。
- 給料についても、不動産と同様、財産開示前置が必要。
- 情報提供を求める第三者は、市町村(特別区を含む)と厚生年金の実施機関等(民事執行法206条l項)。 ↓
- 厚生年金の実施機関等=日本年金機構、国家公務員共済組合、国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合、全国市町村職員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団。
- 提供される情報は、給料(報酬、賞与)の支払をする者の存否、その者の名称及び住所等。
(エ)(預貯金、上場株式)
預貯金は、銀行等を具体的に特定して強制執行しなければならないところ。債権者にとって銀行等を特定するのは容易ではない。
上場株式も、債務者が取引している振替機関等の情報が必要で、それを特定するのは容易ではない。そこで、情報開示手続が設けられた。
- 預貯金や上場株式は債務者による処分が容易であるため、債権者による手続の密行性が求められる。そのため財産開示前置は不要。
- 預貯金で情報開示を求めることができる第三者は、銀行等=銀行、信用金庫、信用組合、農協、漁協、農林中金、商工中金、郵便貯金簡易生命保険管理・郵便局ネットワーク支援機構等。
- 上場株式で情報開示を求めることができる第三者は、振替機関等(社債、株式等の振替に関する法律2条4項、5項)で、具体的には、証券保管振替機構、日本銀行、銀行等、証券会社等。
- 提供される情報は、
預貯金の存否、店舗、預貯金の種別、口座番号及び額(民事執行規則191条1項)、
債務者の有する上場株式等(情報提供を命じられた振替機関等の債務者口座に記録されたものに限る)の存否、銘柄、額又は数(民事執行規則191条2項)。
2.(不動産競売での暴力団員買受禁止)
既に全都道府県で暴力団関係者への利益供与等を禁ずる暴力団排除条例が制定される等している。
しかし、不動産競売で暴力団関係者の買受けを禁止する規定はこれまでなく、警察庁が、平成25年(2013年)末で調査したところ、約210件が競売等で暴力団関係者に取得されていた。
そこで、改正民事執行法は、最高価賀受申出人が暴力団関係者であると裁判所が認めた場合は、売却不許可とすることにした(民事執行法71条5号)。
・制限対象者
暴力団員等=暴力団員、暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者。
暴力団員等が役員である法人
暴力団員等が利用する第三者
自己の計算において最高価買受申出人に買受けの申出をさせた者が、暴力団員等又は上記法人である場合
(「自己の計算において」とは、「実質的に売却代金を出し」という意味)
・(陳述)
買受申出をしようとする者は、売却不許可決定対象者に該当しないことを陳述しなければ、買受申出ができない(民事執行法65条の2)。
虚偽の陳述をした者は、 6月以下の懲役文は50万円以下の罰金に処せられる(民事執行法213条1項3号)。
・裁判所は、買受申出ができない者に当たるかの判断に際して、原則として、必要な調査を警察に嘱託しなければならない(民事執行法68条の4第1項)。
3.(被差押債権取り立てまでの期間)
給料、賞与、退職手当等は、原則として、4分の3に相当する部分は差押えが禁止されている(民事執行法152条1項、 2項)。しかし、この範囲は、債務者の生活の状況、その他の事情を考慮して、債務者又は債権者は範囲変更の申立ができる(民事執行法153条)。
改正民事執行法は、債務者にこの申立の時間的余裕を与えるため、給料、賞与、退職手当等を被差押債権とする差押命令が債務者に送達されて4週間経過しなければ、債権者が取り立てることはできないとした(民事執行法155条2項)。
ただし、扶養義務による債権が債権者の債権であった場合は、差押命令送達後1週間で取り立てられる(民事執行法155条2項)。
給料、賞与、退職手当以外が被差押債権の場合も、差押命令送達後1週間で取り立てられる(民事執行法155条1項)。
4.(差押禁止債権範囲変更手続の教示)
押禁止債権の範囲の変更手続の存在はあまり知られてない。
そこで改正民事執行法は、裁判所書記宮は、差押命令を送達するに際し、債務者に対し、差押命令の範囲の変更(差押命令の全部又は一部の取消し)の申立てができることを書面で教示しなければならないとした(民事執行法145条4項、民事執行規則133条の2第1項)。
