管理会社と賃借人居住安定確保法(案) 〜これからの不動産賃貸管理〜
第2 不動産賃貸管理業からみた法案のポイント及び論点
1、不動産賃貸管理会社と保証業者との関係
(1)不動産賃貸管理会社の従業員は、保証業者の「従業者」か。
- ・証明書の携帯(13条1項)、保証業者は、国土交通省令で定めるところに従って、家賃債務保証業の業務に従事する「従業者」に、従業者であることの証明書を携帯させなければ、その者を業務に従事させられない。
- ・家賃等弁済情報の目的外利用・第三者提供の禁止(60条)。
- 情報利用業者若しくはその使用人その他の「従業者」又は、これらの者であった者は、家賃等弁済情報を目的外利用したり、第三者提供してはならない
(なお、情報利用業者には、一般に保証業者がなると思われるものの、保証業者に限定されてはいない。情報提供業者も同じ)。
↓
保証業者は、不動産賃貸管理会社の従業員をして、保証委託契約締結前書面を賃借人になろうとする者に交付させたり(18条)、保証委託契約締結した場合の書面を交付させたり(19条)、家賃等弁済情報提供事業者に情報を提供する前に提供すること等について同意を得たり(57条)、家賃等弁済情報提供事業者に情報提供を依頼する前にその依頼についての同意を得たり、開示請求ができることを告知したりする(58条)ことになると考えられる。
↓
不動産賃貸管理会社の当該従業員は、保証業者の従業者か。
↓
同様に従業者に証明書(身分証)の携帯を義務づける貸金業法に関する貸金業の事務ガイドライン(3−2−3証明書の携帯)では、「単に貸付の申込の取次のみを行っている店舗等における業務に従事する者であって、貸金業者との間に雇用関係のない者」は、従業者に含まれないとしており他方、貸金業者の委託により貸金業の業務に従事する場合は身分証の携帯が義務づけられ(貸金業法12条の4、貸金業法施行規則10条の9第1項第2号)また、「貸金業の業務」とは、貸付及びそれに付随する業務であって、社会通念に照らしてその遂行の影響が貸金需要者等に及ぶと認められるものを指す、とされている(商事法務 逐条解説貸金業法 上柳敏郎 大森泰人 編 85頁)。
↓
したがって、18条、19条、57条、58条が法案における保証業者の中核的業務であること、これら業務の遂行の影響が、社会通念上、賃借人に及ぶと認められること、保証業者の委託を受けて不動産賃貸管理会社はこれらの業務を行うことから、不動産賃貸管理会社の従業員にこれらの業務を行わせる場合は、同従業員は、保証業者の「従業者」であると解される可能性が強い。
↓
これらの規定には罰則規定があることからも、念のため、不動産賃貸管理会社の当該従業員を保証業者の「従業者」と解した取り扱いをしておくべきと考えられる。
(2)家賃債務保証業者の「業務の補助者」と暴力団員等の使用禁止(14条)
- ・保証業者は、暴力団員等を業務の補助者としても使用してはならない。
- ↓
ここでは「従業者」という言葉も使われず、「業務の補助者」とされており、文言上、その範囲は従業者よりも広い。また、違反した場合は、罰則のみならず、国土交通大臣によって保証業者の登録が必要的に取り消されることになる(「国土交通大臣は……取り消さなければならない。」27条)。
↓
不動産賃貸事業に致命的なダメージを与えるリスク。
↓
このリスク回避のため、保証業者の従業員、従業者はもちろん、業務の補助者に至るまで、暴力団関係者ではないことが確認されなければならない。
↓
必要的取消でありペナルティが厳しく、そのバランスからも、暴力団関係者と全く知ることができなかったのであれば、「暴力団員等を……使用した」とは言えない=故意がない、とされてペナルティが課せられない可能性がある。
↓
したがって、保証業者と提携する不動産賃貸管理会社としても、保証業に関わり同意の取得等を行わせる従業員については、法案14条、27条の存在を理由に、暴力団関係者ではないことの確認書を当該従業員から徴収しておくこと、それを自社で保管すると共に保証業者に提出しておくことが望ましい。
※ 暴力団関係者であるかどうかの情報収集。
↓
本人からの確認書徴収以外に、ニュースなどの検索や警察等に照会するなどが考えられるものの、客観的に暴力団関係者かどうかの調査は容易ではない。
↓
- ・平成12年9月14日付警察庁暴力団対策部長通達。
- ・暴力追放運動推進センター
- ・特殊暴力防止対策連合会
- ・反社会的勢力データベース
2、家賃関連債権の不当取立に対する規制(61条)
- (1)「家賃関連債権」とは、家賃、求償債権、これらの保証債権をいう(61条 柱書き)。
- (2)「家賃関連債権の取立をするに当たって」という限定が加えられている。
- ア、明渡を求めるだけの場合はどうか。
- ↓
その場合も、賃料滞納を前提としているので、家賃関連債権の取立を兼ねている、と後から見て解されてしまうリスクは大きい。 - イ、夜逃げの場合の残置物撤去も禁止対象か(←→物品を持ち出す際に、賃借人又はその同居人から同意を得た場合は、物品持ち出しができる。61条2号)。
- ↓
・行方不明になって数ヶ月が経過し、中から腐臭がしているなどの場合に賃貸物件の汚損を防ぐために残置物を取り出すことは、家賃関連債権の取立のためとはいえないし、やむを得ない措置として違法性もないといえる。 - ・行方不明になって中に誰もいないことが確実な場合でも、上記のような緊急性がない場合に残置物処理をする場合はどうか。
- ↓
残置物を売却して家賃関連債権に充てるなどでない限り、家賃関連債権の取立のためとはいえないから61条の規制対象ではない。
しかし、賃貸物件の占有を裁判所の手続きなしに奪い返す行為と考えられ、自力救済禁止の原則によって違法とされ、後に賃借人から損害賠償を請求される可能性がある。
- (残置物処分に関する参考判例)
【浦和地方裁判所平成6年4月22日判決】 - 賃貸借契約に、賃料を一ヶ月以上滞納し又は無断で一ヶ月以上不在のときは賃貸借契約は解除され、即時明け渡すこと。明渡できないときは残置物は放棄されたものとし、保証人又は取引業者立ち会いのうえ処分して賃料に充当しても異議がない旨の条項(自力救済条項)があり、顧問弁護士が解体業者に依頼して家財を搬出・廃棄させた場合でも、自力救済条項に基づき残置物を廃棄処分したことは違法であり、廃棄した残置物の評価については、単身の成人が平均的レベルの生活をしていた場合の家財の標準的時価に基づいて損害賠償額を算定し、賃貸人、顧問弁護士に慰謝料を含め267万円の損害賠償責任が認められた事例。
- (3)「面会、文書の送付、はり紙、電話をかけることその他のいかなる方法をもってするかを問わず、人を威迫し……人の私生活若しくは業務の平穏を害するような言動をしてはならない。」
- ↓
「威迫」とは、刑法の脅迫(一般に人が畏怖するに足りる程度の言動をすること)までには至らないもの。
↓
・単に複数で訪問するのでは当たらないが、多人数で押しかけて非常に荒々しい言動、そぶり、暴力的な態度を取る場合は、威迫に当たる。
・「責任は負えない」「あらゆる強制手段を行使する」というはり紙は威迫に当たる。
(上記いずれも、第174国会 国土交通委員会 平成22年4月20日 副大臣答弁)
↓
ガイドラインの策定が予定されている。
↓
ガイドラインに沿った範囲の行為であることを、録音、具体的なタイムリーの報告書等で証拠として残すことが必要。 - (4)「社会通念に照らして不適当と認められる時間帯」に一度拒否されたにも拘わらず、連続して訪問、電話することの禁止(61条3号)。
- ア、当該時間帯の訪問、電話を一律に禁じているのではない点に注意。
↓
当該時間帯に訪問や電話をして、賃借人や保証人から拒まれたにも拘わらず、また当該時間帯に電話や訪問をすることが禁じられている。
↓
最初の訪問か、断られた後の訪問かの証拠となる記録を正確に残すことが重要。 - イ、国土交通省令等で定められる当該時間帯は、22時から朝6時までで定めることが検討されている(第174国会 国土交通委員会 平成22年4月20日 副大臣答弁)。
※ 貸金業では、21時から朝8時まで(貸金業施行規則19条1項)。 - ウ、はり紙は、威迫したり私生活や業務の平穏を害するようなものであってはならないものの(61条柱書き)、はり紙自体は禁じられていない。
勤務先への電話、訪問も同じ。
↓
どのような場合が私生活の平穏や業務の平穏を害するか、ガイドラインをチェックする必要がある。 - (はり紙に関する参考判例)
【大阪地方裁判所平成22年5月28日判決】 - 滞納家賃(8万5000円)の督促状を自宅玄関に貼られ、電話で「出て行け」などと退去を要求された事案で、家賃の支払い状況はプライバシー情報で不特定の人に知られる状態にするのは名誉を損ねる。督促状は郵便受けに入れれば足りる、として、保証業者に6万5000円の慰謝料などの支払いを命じた。
- (情報漏洩に関する参考判例)
【大阪地方裁判所平成18年5月19日判決】 - インターネット接続などの電気通信サービス業者が、社外からユーザー名やパスワードによってサーバーにアクセスしてメンテナンスをするリモートメンテナンスサーバーを設置していたところ、以前に業務委託先から派遣されてきてサーバーを管理していた者が、業務を終えた後、与えられていたパスワード等を利用して外部からアクセスし、氏名・住所、電話番号、メールアドレスなどの顧客の個人情報を不正に取得したケースで、顧客から損害賠償が当該電気通信サービス業者に請求されたケース。
↓
裁判所は、〔1〕リモートアクセスの必要性と、〔2〕不正アクセスを防止するための相当な措置の有無を検討し、〔1〕は認められるものの、〔2〕については、ユーザー名とパスワードによる認証以外に外部からのアクセスを規制する措置がとられていなかった上、肝心のユーザー名及びパスワードの管理が極めて不十分であった。ただし、漏洩した個人情報が、個人の識別等を行うための基礎的な情報で秘匿される必要性の高いものとはいえないとして、一人あたり6000円(慰謝料5000円、弁護士費用1000円)の損害賠償を認めた。(原告は5名)
※ 既に契約終了によって退去し、残置物の所有権放棄をしている場合に、中に入って残置物を処理することは問題がない。それ以外の場合の残置物処理が問題となる。
※ 物品の持ち出しは、「持ち出す際に」、同意を得た場合だけが例外として許されるとされているから、事前の契約書・念書等では認められないことになる。
※ 裁判に要する時間につき、平成20年の民事訴訟全体の平均審理期間は第1審6.5ヶ月、これに対し、建物明渡等の平均審理期間は3.6ヶ月。