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更新料、敷金、原状回復費用に関する判例分析 〜直近の判例から〜

3、敷引特約について

(1)敷引特約を有効とする判例、無効とする判例
【有効とする判例】
〔8〕横浜地裁平成21年9月3日判決……資料C
〔9〕大阪高裁平成21年6月19日判決……資料D
※〔9〕判決は上告されている
※〔9〕判決は、原状回復について、通常損耗、自然損耗を賃借人に負担させる特約を、後掲最高裁平成17年12月16日判決(L判決)の基準によって判断したうえで、有効と判断した事例判決であり、その意味でも参考になる。
〔10〕京都地裁平成20年11月26日判決(〔9〕判決で維持されたもの)
【無効とする判例】
〔11〕京都地裁平成19年4月20日判決……資料D
〔12〕京都地裁平成18年11月8日判決
(2)有効とされた理由、無効とされた理由

敷引特約については、これを有効とするのが直近の判例の趨勢である。
〔8〕は、敷引特約が通常損耗、自然損耗を賃借人に負担させる特約であることを前提とせずに有効と解し、〔9〕では、通常損耗、自然損耗を賃借人に負担させる特約の性質を有することを前提として有効と解している。
これに対し、〔11〕は、敷引特約が通常損耗、自然損耗を賃借人に負担させるものであり無効としている。

【〔8〕判決が有効とした理由】……資料C
(事案)
敷金として賃料の2ヶ月分19万8000円。敷引特約で、1ヶ月分控除。
賃借期間1年間。敷引(敷金の無償償却)は、入居期間の長短にかかわらず、また、解約理由の如何にかかわらず行うという特約。
(理由)
ア、通常損耗についての原状回復費用を賃借人に負担させる特約は存在せず、当事者間でも敷引特約の性質について認識の一致があったわけではないから、本件敷引特約を通常損耗の原状回復費用を賃借人に負担させるものと解した上で、有効性を検討するのは妥当でない。
イ、次の諸点を総合すれば、本件敷引特約は敷引特約10条に違反しない。
  • 〔1〕敷引特約の内容が、契約書、重要事項説明書等で明記され、賃貸借契約当時、賃借人もその説明を受けている。
  • 〔2〕本件賃貸借契約は、定期借家契約で、賃借人が1ヶ月の予告で解約できるとされているところ、短期解約の場合、賃貸人に新入居者募集や次の賃貸に向けての整備費等がかかり、そのような経費は賃貸人から回収するほかない。
  • 〔3〕そのような経費を賃料の額に含めて回収しようとする場合、賃借期間が短期間の賃借人にとっては有利でも、長期間の賃借人にとっては不利だから、敷引特約が、賃借人に一方的に不利益をもたらすとはいえない。
  • 〔4〕賃借人としては、仲介業者やインターネット等を通じて豊富な他の物件と比較できたのだから、当該賃貸借契約が自己に有利か不利か検討することは可能であった。したがって、賃貸人との間で、情報の質・量、交渉力において大きな格差があったとはいえない。
  • 〔5〕敷引額は、賃料の1ヶ月分で、次の賃貸人を募集するのに必要な合理的期間の賃料分といえるから、空室補填的な性格を有する敷引として不合理とはいえない。
【〔9〕判決が有効とした理由】……資料D
(事案)
賃貸借期間は2年間。賃料1ヶ月9万6000円。保証金40万円。保証金は契約経過年に応じて控除額が定まる。本件では2年間の賃借期間であり21万円が賃貸人によって控除された。自然損耗については保証金控除額でまかなうとの特約がある。
(理由)
ア、保証金控除額が原状回復費用として充当される通常損耗の内容は、契約書等に、資料Dの別紙のとおり記載されており、これは原状回復に関する後掲Lの最高裁判決のケースで通常損耗を含むことが明白とはいえないとされた区分表と異なり、賃借人が負担することとなる通常損耗の内容及び範囲が、具体的かつ詳細に理解しやすい文言で記載されており、疑義の生じる余地はないものといえるから、その範囲で通常損耗についての合意は成立したといえる。
イ、次の諸点を総合すれば、本件保証金控除の特約が、消費者契約法10条によって無効となるとはいえない。
  • 〔1〕経過年数によって控除される保証金の額が賃貸借契約書に具体的に明記されていて、賃貸借契約書締結4週間前に賃借人に説明のうえ交付された重要事項説明書にも保証金控除額が明記されていた。
  • 〔2〕控除される保証金額は、1年未満18万円、2年未満21万円、3年未満24万円、4年未満27万円、5年未満30万円、5年以上34万円で、実際の必要な額に対応しているは不明で、それを超える場合もあり、実質的には敷引特約の内容を伴っている。
    しかし、賃料9万6000円(別途共益費用1万円)であり、場所、面積、間取り、設備等からすれば、不当に高額とはいえず、本件保証金以外に礼金等の名目で返還されない一時金の授受がないことからすると、賃貸人・賃借人の衡平を著しく失するとはいえない。
  • 〔3〕賃貸物件の情報は、仲介業者やインターネット等を通じて豊富に検索できたと考えられ、賃貸人と賃借人との間で情報収集能力や交渉力で賃借人が格段劣っていたとはいえない。
【〔11〕判決が無効とした理由】……資料E
(事案)
賃料月額7万3000円。賃貸借期間2年間。敷金35万円。敷金35万円のうち30万円は返還しない特約がある。
(理由)
次の諸点を考慮すると本件敷引特約は、消費者契約法10条により無効である。
  • 〔1〕自然損耗について投下資本の回復は、通常、賃料に含ませて行われるから、敷引特約によりこれを回収することは、敷引特約が契約で明示されていたとしても、賃借人に二重の負担を課すことになる。
  • 〔2〕本件賃料が、自然損耗の回復費用を算入しないで低額に抑えており、敷引金にこれを含ませることに合意したとは認められない。
  • 〔3〕関西地区においては、敷引特約が付加されることが相当多数で、敷引特約がない物件を探せばよいと当然にはいえない状況にある。
  • 〔4〕本件敷引特約は、敷金の85%を超える金額を控除するもので、賃借人に大きな負担を強いる。
  • 〔5〕新規入居者獲得のためのリフォーム代は、これを目指す賃貸人が負担すべきである。
  • 〔6〕消費者である賃借人と、事業者である賃貸人との間では情報力や交渉力に格差があるのが通所であり、本件でも同様である。
(3)敷引特約が有効とされる場合のポイント

上記判例の検討から、下記の対応によって、敷引特約は有効となると解される。

  • 〔1〕敷引特約の内容が、契約書、重要事項説明書等で明記され、賃貸借契約当時、賃借人に対し、その説明がされていること。
  • 〔2〕敷引額を、賃料の1ヶ月分とするなど、次の賃貸人を募集するのに必要な合理的期間の賃料分とされていること。敷金の85%を超える敷引特約が無効とされたのは上記〔11〕判決のとおり。
  • 〔3〕敷金ないし保証金の一定額の控除に、通常損耗の賃借人負担分としての実質をもたせる場合は、〔9〕判決添付の別紙のような明白な負担内容が記載された表が賃貸借契約書に添付されていること
  • 〔4〕賃貸借契約締結の相当前の時点で、敷引特約を記載した重要事項説明書が説明され、交付されていることが望ましい
  • 〔5〕賃借期間に応じて控除する場合も、〔9〕判決を参考に、当該賃料と比較して不当に高額となっていないこと。

≪ 2、更新料支払合意について

4、通常損耗の原状回復費用を賃借人に負担させる特約について ≫

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