更新料、敷引特約、通常損耗の原状回復費用をめぐるルール
〜最高裁判例と最近の重要下級審判例〜
2、更新料の有効性
(1)更新料特約の有効性を認めた最高裁平成23年7月15日判決(以下「最高裁更新料判決」)までの状況と争われた内容
ア、更新料支払合意を有効とする判例、無効とする判例
【有効とする判例】
〔1〕大阪高裁平成21年10月29日判決(〔8〕判決を取り消したもの。最高裁更新料判決で維持された)
〔2〕京都地裁平成20年1月30日判決(〔5〕判決で取り消されたもの)
〔3〕東京地裁平成18年12月19日判決
〔4〕東京地裁平成17年10月26日判決
【無効とする判例】
〔5〕大阪高裁平成21年8月27日判決(〔2〕判決を取り消したもの。最高裁更新料判決で破棄された)
〔6〕大阪高裁平成22年2月24日判決(最高裁更新料判決で破棄された。ケースCの最高裁判決の原審)
〔7〕京都地裁平成21年7月23日判決
〔8〕大津地裁平成21年3月27日判決(〔1〕判決で取り消されたもの)
イ、有効とした理由、無効とした理由
【〔1〕判決が有効とした理由】
(事案)
家賃月額5万2000円、賃貸借期間2年、礼金20万円、2年ごとの更新料は家賃2ヶ月分の10万4000円
(理由)
(ア)礼金の趣旨は、2年間の賃貸借期間の設定を受けた賃借人としての地位を取得する対価としたうえで、更新料の趣旨については、更新された場合、結果的に期間の長い賃借権の設定を受けることになるので、更新料は、賃借権設定の対価の追加分ないし補充分という趣旨とした。賃借権設定にあたり、その期間の長さに応じた対価を取得することが、営利事業の方法として社会正義に反するとはいえない。
(イ)他方、もし更新料が礼金と同額であれば、賃借人は、新規の賃貸借契約を締結させられることと同じだから、賃貸人に正当な事由がない限り賃貸借契約は存続し続けることを認める借地借家法28条の趣旨を没却する。
(ウ)更新料の支払いによって更新することは、借地借家法26条の法定更新と異なり、期間の定めのある賃貸借契約となること、更新料の定めがある物件は、月々の賃料が抑えられているものが多いと考えられること、賃借人が中途解約する予告期間が民法所定の3ヶ月よりも短く設定されていることが多いことから、賃借人にとって法的更新より有利な面がある。
(エ)したがって、更新料の方が礼金に比較して、相当程度抑えられているなど適正な金額にとどまっている限り、賃貸人と賃借人に不合理な均衡を招来させるものではない。
(オ)賃借人が、期間満了の際に更新料を払わなければならないことに現実感がなかったとしても、契約書や重要事項説明書で明記されており、契約の際に説明も受けているのだから、更新料を含めた負担額を事前に計算することが困難とはいえない。
(カ)本件では、更新料は、礼金よりも相当低額で適正な金額といえるから、更新の名の下に実質的に新たな賃貸借契約を締結させられる事情があるとはいえない。
(キ)賃料5万2000円に、更新料2年で10万4000円を月割して加えても、月5万6333円で、差は5000円未満であり、この程度の差が生じたとしても、名目上の賃料を安く見せかけ、情報及び交渉力に乏しい賃借人を誘因する効果が生じたとは認められない。
(ク)賃借人は、複数の不動産業者から紹介を受けて検討した結果、本件物件に決めており、賃貸人側から不当条項を押しつけられるまでに情報力、交渉力に格差があったとはいえない。
(ケ)賃貸借契約書と重要事項説明書に、更新時に賃料2ヶ月分を支払う旨が明記されているうえ、賃貸借契約締結時に、更新料の支払いが義務づけられており、礼金と同様、返還が予定されていないことを賃借人は認識していたことが認められる。
(コ)賃借人は、敷金と異なり、更新料が返還を予定されないものであることを認識していたのだから、中途解約時に返還ないし精算がされることを期待していたという主張は、賃貸借契約締結時の賃借人の認識と符号しない。
(サ)更新料は、賃借権設定の対価の追加分ないし補充分であり、賃借人は、更新によって期間2年間の賃貸借契約の地位を取得しているから、賃借人は更新料の対価に見合う利益を確定的に得ている。
【〔5〕判決が更新料支払合意を無効とした理由】
(事案)
家賃月額4万5000円、敷金10万円、礼金6万円、賃貸借期間1年、1年ごとに更新料10万円を支払う契約
(理由)
(ア)更新料の趣旨につき、
- 賃貸人から更新拒絶をすることは正当事由が必要なことから困難だから、更新拒絶権放棄の対価とはいえない。
- 合意更新されずに期間の定めのない賃貸借契約になったとしても、解約申し入れに正当理由が必要だから、賃借権強化の対価とはいえない。
- 更新料は、賃貸借契約が更新されないときには払われないから、後払い賃料としての性質をもたない。また、期間満了前に退去した場合に精算される規定がないから、前払い賃料の性質ももたず、更新料は、賃料の補充の性質をもたない。
↓
したがって、更新料は、契約においてその性質も対価となるべきものも定められないままであって、対価性の乏しい給付というほかない。
(イ)賃貸借契約の期間が、借地借家法上認められる最短期間である1年間という短期であるにもかかわらず、更新料は10万円であり、月払いの賃料の金額4万5000円と比べるとかなり高額といえる。なお、法定更新の場合は、更新料を払う必要はないから、賃借人に相当大きな負担といえる。
(ウ)更新料は、賃借人が物件を選ぶ際に主として賃料に着目することに乗じて、直ちには賃料を意味しない更新料という言葉を用いることで、賃借人の負担が少ないかのような印象を与えて賃貸借契約締結を誘因する役割を果たすものでしかない。
(エ)貸借契約締結時、賃借人には、法定更新であれば更新料を払う必要がないことを明確に認識していない。したがって、本件賃貸借契約書には更新料が明示され、更新料についての説明も契約締結時に賃借人は受けているけれども、賃借人が法定更新がされた場合などとの比較を自由にする機会は十分与えられられていない。
(2)有効性を認めた最高裁平成23年7月15日判決
ア、同日の同小法廷による3つの事案についての3つの判決
同日(平成23年7月15日)に、第2小法廷が、3つの事案について、3つの判決を言い渡したもの。
↓
いずれも裁判官全員一致の判断
判断枠組み・更新料特約を有効とした結論は同じ。
<3つの判決それぞれのケース>
【ケースA】原審が大阪高裁平成21年8月27日判決(上記〔5〕の無効判決)。最高裁によって破棄された。
(事案)
家賃月額4万5000円、賃貸借期間1年、敷金10万円、礼金6万円、1年ごとに更新料10万円を支払う契約
【ケースB】
原審が大阪高裁平成21年10月29日判決(上記〔1〕の有効判決)。最高裁によって維持された。
(事案)
家賃月額5万2000円、賃貸借期間2年、礼金20万円、更新料は2年ごとに家賃2ヶ月分の10万4000円
【ケースC】
原審が大阪高裁平成22年2月24日判決(上記〔6〕の無効判決)。最高裁によって破棄された。
(事案)
家賃月額3万8000円、賃貸借期間1年、礼金なし、1年ごとの更新料は家賃2ヶ月分の7万6000円、定額補修分担金12万円
イ、判決内容(原審を破棄し、定額報酬分担金も判断の対象となったケースC)
・(更新料の性質)
更新料は、賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり、その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると、更新料は、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものである。
・(更新料条項と消費者契約法10条)
(ア)(任意規定との関係)
消費者契約法10条にいう任意規定には、明文の規定のみならず、一般的な法理等も含まれる。更新料条項は、一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものに当たる。
(イ)(信義則との関係)
・更新料は、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するので、更新料の支払におよそ経済的合理性がないということはできない。
・また、一定の地域において更新料の支払をする例が少なからず存し、裁判上の和解手続等でも当然に無効とする取扱いはされてこなかったから、更新料条項が、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合には、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質・量、及び交渉力に看過し得ないほどの格差は存しない。
・したがって、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらない。
(あてはめ)
・本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されている。
・その内容は、更新料の額を賃料の2か月分とし、本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって、賃料の額、更新される期間等に照らし高額にすぎるという特段の事情はない。
↓
したがって、本件更新料条項を消費者契約法10条により無効とはできない。
ウ、最高裁判決の検討
(対価性)
更新料の性質について、上記@の大阪高裁有効判決が、賃借権設定の対価の追加分ないし補充分という趣旨としたのに対し、上記〔5〕の大阪高裁無効判決が、賃貸人から更新拒絶をすることは正当事由が必要で困難だから更新料が更新拒絶権放棄の対価とはいえない。また、合意更新されずに期間の定めのない賃貸借契約になったとしても、解約申し入れに正当理由が必要だから、賃借権強化の対価ともいえない。さらに、更新料は賃貸借契が更新されないときには払われないから、後払い賃料としての性質もない。期間満了前に退去した場合に精算される規定がないから、前払い賃料の性質ももたず、更新料は、賃料の補充の性質をもたないとした。
↓
この論争状況を受け、最高裁更新料判決は、更新料は、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものとし、更新料に対価性を認めた。
(明確性)
最高裁更新料判決は、更新料条項が、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載されて明確な合意が成立している場合は、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力に看過し得ないほどの格差は存しないとした。
(合理性)
最高裁更新料判決は、対価の額の合理性につき、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎない限り対価の額の合理性を認め、具体的にはCケースの更新料特約に合理性を認め、消費者契約法10条によって無効となるものではないとした。
また、上記Aケース、Bケースも、同様の判断基準に基づいて、いずれも更新料特約は消費者契約法10条に違反しないとした。
↓
最高裁は、更新料特約を消費者契約法10条によって一刀両断に無効とするのではなく、契約自由の原則によって特約が認められる場合があり、有効性が認められる条件として、特約の内容が具体的に賃借人に明示されていること(特約の明確性)、賃借人が金銭を支払うべき理由が存在すること(金員を支払うための対価性)、金額が高額に過ぎないこと(金額の合理性)を要求するという方向性を確立させた。
※ 最高裁更新料判決が、更新料の性質を上記〔1〕の大阪高裁判決のように、単に賃借権設定の対価の追加分ないし補充分とせず、複合的な性質であるとした理由は、上記〔5〕の大阪高裁判決の更新料の性質についての判断内容を無視することができなかったことを示している。
※ めやす賃料表示
日本賃貸住宅管理協会がスタートしたもので、賃料、共益費、管理費、敷引金、礼金、更新料を含み、4年間賃借した場合の1ヶ月あたりの金額を賃貸借契約の際に契約しようとする者に示すこと。
(3)有効性を一部否定した京都地方裁判所平成24年2月29日判決
最高裁更新料判決の後、更新料を無効とする判決は無い。
しかし、京都地裁平成24年2月29日判決(以下「京都地判」)は、更新料の一部は信義則に反し無効で、賃貸借期間1年の賃貸借契約において更新料の上限は、年額賃料の2割とすることが相当、という判断をした。
同判決は、明渡しの際、基本清掃料金として、敷金から2万6250円を控除するという特約についても判断し、こちらは有効と判断した。
判決は確定している。
【事案】
京都市の学生用マンション 鉄筋5階建全33戸の一室
賃貸期間1年、賃料月額4万8000円、共益費月額5000円、敷金10万円、礼金18万円、更新料15万円
【更新料についての検討要素】
〔1〕賃借人が大学生で3〜4年の安定した賃借が期待できるにもかかわらず、契約期間を1年という短期に設定している。
〔2〕更新料を含めると実質賃料が2割6分増となる。利息制限法の制限利率2割を越えている。
〔3〕立地が良く、定型の契約書が用いられており、入居の際の賃借人の交渉の余地がほとんど無い。更新の際には一層乏しかった。
〔4〕消費者との関係で、実質月額賃料が高額という契約の実態を見えづらくしている。
↓
消費者契約法10条によって信義則に反し消費者の利益を一方的に害するものに該当するから、信義則に反する部分につき無効で、これに反しない程度にまで更新料の額が減額されなければならない。
↓
信義則に反しない程度がどのくらいか
(検討要素)
〔1〕本件物件と同様のワンルームマンションでは、2年につき賃料1ヶ月乃至2ヶ月程度の更新料が設定されていることが多いという資料がある。
一方で、1年の短期賃借期間の場合、賃料2・22ヶ月分に相当する更新料を有効とした判決がある。
〔2〕利息制限法の制限利息の上限
利息制限法の制限利息上限が年2割
↓
賃貸借期間1年の更新料の上限は年額賃料の2割と判断した。
※ 基本清掃料特約については、負担する契約が明確で、通常損耗に含まれる汚損の原状回復費用として金額が高額にすぎるとはいえないとし、消費者契約法10条で無効とはならないとした。
