改正民法が不動産賃貸業に与える影響 〜平成29年5月26日、民法(債権法)の大改正が成立〜
2、保証ルールの改正による影響
(1)賃貸借契約の個人保証も極度額の設定が必要(465条の2)
個人が保証する元本が確定する場合(465条の4)
【改正のポイント】
- 個人根保証(不特定債務について個人が保証人となる保証)は、保証人が責任を負う最大額(極度額)を定め、かつ書面又は電磁的記録で契約されなければ無効となる。
- 個人根保証の保証人が保証する具体的な元本額は、次の場合確定する。
- 保証人が破産決定を受けたとき。なお、主たる債務者が破産しても確定しない。
- 主たる債務者又は保証人が死亡したとき。
- 保証人の財産に強制執行又は担保権の実行がなされたとき。
【影響】
個人保証人保護のため、貸金債務等を個人が根保証する場合(貸金等個人根保証)については、極度額を定めなければ無効などの改正が平成16年に行われた。
↓
今回の改正は、個人保証人保護をより広い範囲で行うこととし、賃貸借契約等の個人保証等も個人根保証として対象とした。
- (極度額等)(No3、4)
- 賃貸借契約における賃貸人に対する個人保証は個人根保証。したがって、極度額を定め、書面等で保証契約をしなければ、保証契約は無効となる。
- 賃貸人と保証会社の保証契約は個人根保証ではないから、極度額を定める必要等はない。
しかし、保証会社と賃借人間の保証委託契約における、保証会社に対する個人保証は個人根保証。したがって、極度額を定め、書面等で保証契約をしなければ、保証契約は無効となる
<極度額とは何か> 元本、利息、損害賠償等、保証債務に関する全てを含んで最大限、保証人が負う可能性のある限度額のこと。確定した元本に対する遅延損害金が生じる場合であっても、その遅延損害金含めて最大限保証人が払うべき金額。
<極度額の大きさ> 明文の規制はない。しかし、賃料、物件等の保証の目的や保証人の資力などと比較して極端に大きな場合は、公序良俗違反として無効となる可能性がある。
<極度額の定め方> 極度額は、個人保証人が負う最大限の負担を保証契約時に示して保証人となるかを判断させるためのもの。したがって、具体的な金額表示のみならず、「賃料●ヶ月分」という表現でも、当該賃料の額が具体的に定まっていて、その後賃料額が増額されても極度額の計算は当初の額でなされるのであれば、有効と解される。
他方、賃料が増額されれば、極度額も上がるという契約は認められないと考えられる。<賃貸人の被る可能性のある損害額>(No.7) 建物賃貸借契約等の不動産賃貸借でも、長期に家賃を払わなかったり、賃借人が故意や過失で賃貸建物を損傷したり、賃借人が賃貸物件内で自殺をしたり、賃借人と他の賃借人とのトラブルによって賃貸人が被害者たる賃借人に対して損害賠償責任を負う場合など、賃貸人に賃借人に対する多額の請求権が発生する可能性がある。
しかし、個人保証人の場合、その責任限度額は保証契約時に定められた極度額に限定される。逆に言えば、このような場合に個人保証人の責任を限定するための改正ということになる。賃貸人としてはそのリスクをカバーする方策が必要となる。 - (元本の確定時期)(No5、6)
(破産) 個人根保証で保証される具体的な元本額は、保証人が破産決定を受けたときは確定する。それ以降は、保証すべき元本は増額されなくなる。遅延損害金は発生し得るものの、元本と合わせて極度額の範囲でしか請求できない。
他方、主たる債務者である賃借人が破産しても、賃貸借契約は継続するので賃貸借契約の個人保証人の元本は確定しない。
保証委託契約の個人保証人の保証すべき元本も、主たる債務者である賃借人が破産しても確定しない。保証人が破産すれば確定する。(死亡) 賃借人又は保証人のいずれかが死亡したとき、元本は確定する。
賃借人が死亡してもその相続人との間で賃貸借契約は継続するので、破産の場合と同じく確定させるべきではないとも思われる。しかし、相続人と保証人との間に信頼関係はないことなどからこのような改正となった。
保証委託契約の個人保証人の元本も、賃借人又は保証人が死亡すれば確定する。(強制執行等) 保証人の財産に強制執行又は担保権の実行がされたときも元本が確定する。
他方、賃借人に強制執行等がなされても元本は確定しない。賃借人の財産状況が悪化しても、賃料不払いなどによって信頼関係が破壊されない限り、賃貸借契約は続くから。
同様に、保証委託契約の保証人の保証すべき元本も、賃借人に強制執行等があっても確定しない。保証人に強制執行があれば確定する。※ 保証と同様の効果を持つ併存的債務引受では極度額、書面等の要件は課されていないしかし、債務引き受けをする個人の負担割合がゼロで内部的には全て賃借人が負担する場合等、実質的に保証と同視できる場合は、保証と同様の解釈が裁判所によってなされることが考えられる。
(2)保証会社が保証する場合と極度額(465条の5)
【改正のポイント】
- 賃貸借契約の保証人が個人ではなく保証会社等の法人であるときは、賃貸借契約についての保証契約(以下「保証契約A」)に極度額を設定しなくても、保証契約は有効。
- ただし、保証契約Aに極度額の設定がなければ、保証会社の賃借人に対する求償権についての個人保証契約(以下「保証契約B」)は無効となる
【影響】(No.8)
- 賃貸人と保証会社との保証契約(保証契約A)は個人根保証ではないので、極度額の設定をしなくても保証契約Aは有効。
実際は、賃貸人と保証会社の保証契約で、保証限度額を家賃●ヶ月分と定めることが行われることが多い。 - しかし、個人根保証人を保護するため、保証契約Aに極度額を設定していなければ、保証会社の賃借人に対する求償権を保証する個人保証(保証契約B)は無効となる(465条の5第1項)。
↓
保証契約Aの極度額は、保証会社の賃貸人に対する責任限度額だから、保証会社はこの極度額を極端には大きくしない傾向があると思われる。そこで、この極度額を定めることは、保証契約Bの極度額(求償限度額)を極端に大きくさせないこと=個人保証人の保護につながる。
※ 賃貸人としては、保証会社を保証人にする場合も、結局、極度額を定めることになる場合も多いと考えられる。
(3)賃借人が保証人に資力等を説明しなかったら保証が取り消される場合がある(465条の10)
【改正のポイント】
- 事業のために生じる債務の個人保証を依頼するときは、債務者は、当該個人に、債務者の財産や収支、債務の状況、担保として提供するものがあるか等を説明しなければならない。
- 債務者がその説明をしなかったり事実と異なる説明をしたこと(以下「不実の説明等」)によって個人が保証人となった場合で、債権者が不実の説明等があったことを知っていたか又は知ることができたときは、保証人は保証契約を取り消せる。
【影響】(No.9)
- 2.会社が賃借人であったり、個人賃借人でも事務所や工場等事業に使う物件の賃貸借契約の個人保証人に対しては、賃借人は1.の説明義務がある。
保証会社が賃貸借契約の保証人となった場合、賃借人が保証会社に負う求償債務も、「事業のために生じる債務」と言えるので、賃借人は保証委託契約の個人保証人に対して1.の説明義務がある。
↓
不実の説明等がなされ、そのことを債権者(賃貸人や保証会社)が知ることができた場合などは、保証人は保証を取り消せる。
※ 全くの新設規定で実務上重要な影響がある。
賃貸人や保証会社は、賃貸借契約の保証人や保証委託契約の保証人から、賃借人の不実の説明等を理由に突然保証契約取消を主張される可能性があることになる。
その際、賃貸人や保証会社は、不実の説明等がなかった、又は不実の説明等を知ることができなかったと主張することになる。
↓
賃貸人としては、事業のための賃貸借契約で個人に保証人になってもらう場合は、賃借人及び個人保証人に「保証人は、賃借人から、賃借人の財産状況等について……の説明を受けたことを確認する。賃借人は、同内容が事実であることを確認する」等の書面を作成してもらっておくべきである。
(4)賃貸人が保証人から家賃の支払い状況を尋ねられた場合の情報提供義務(458条の2)
【改正のポイント】
保証人から請求があれば、債権者(賃貸人)は、主たる債務(賃料債務)の元本、利息、損害賠償、その他、主たる債務に関する全ての債務について、不履行の有無、残額、履行期限が過ぎているものの額を知らせなければならない。
【影響】(No.10)
賃貸借契約の保証人から賃貸人に、賃料債務の支払い状況等の照会があった場合、これに答える義務が明定された。
この義務は、個人保証人からの照会に限られず、法人保証人からの照会も含む。
銀行などが個人情報の提供可能根拠として要求した経緯があり個人保証人に対象が限定されなかった。
↓
この義務に違反しても直接の罰則規定はない。
しかし、場合によっては照会に正確に応じなかったことなどによる損害賠償責任が問われる可能性がある。
(5)期限の利益喪失についての情報を個人保証人に提供する義務(458条の3)
【改正のポイント】
- 主たる債務に期限の利益(直ちに全額ではなく、いついつまでにいくらずつ払えばよいという分割払いの約束)がある場合で、主たる債務者がその約束を守らなかったため期限の利益を喪失したときは、債権者は、個人保証人に対し、期限の利益喪失を知ったときから2ヶ月以内に、期限を喪失したことを通知しなければならない。
- その通知を債権者がしなかったときは、債権者は、当該保証人に対しては、期限の利益喪失時から通知をするまでの間の遅延損害金を請求できない。
【影響】(No.11)
- 賃料債務自体は毎月の賃料を払うもので、分割払いとして期限の利益が付されたものではない。したがって、賃料債務について直接関係はない。
しかし、賃貸人と賃借人との間で滞納賃料等を分割払いにする合意がなされたときは、期限の利益が付されたことになる。
その際、例えば2回支払いを怠ったときは残額全額を直ちに支払わなければならないという約束をして、2回支払いが怠られれば賃借人は「期限の利益を喪失した」ことになる。
↓
このような場合、賃貸人は、個人保証人に2ヶ月以内にそのことを通知しなければならない。債務について期限の利益が付された場合、保証人にもその効力は及んでおり(保証債務の附従性)、それが喪失されることは保証人にとって重大だから。 - その通知をしなかったときは、賃貸人は、期限の利益喪失時点から通知を実際にしたときまでの間の遅延損害金の請求を保証人に請求できない。
しかし、そのレベルに止まるので、実務感覚としてはそれほど重い罰則規定ではないと考えられる。
(6)事業のための資金借り入れの個人保証と公正証書ルール(465条の6、465条の8、465条の9)
【改正のポイント】(No.12)
- 事業のための貸金債務についての個人保証契約は、保証契約の前1ヶ月以内に、保証意思が公正証書で確認されていなければ無効となる。
- 事業のための貸金債務の保証人が有する、主たる債務者に対する求償を個人が保証する場合も1.と同様。
- たとえ保証人となろうとする者が個人であっても、主たる債務者が法人である場合の取締役や理事・執行役・これに準じる者、株式を過半数有する者等が保証人となる場合は、1.2.は適用しない。
主たる債務者が個人である場合の共同事業者、事業に実際に従事している配偶者についても1.2.は適用しない。
【影響】
会社が資金の借り入れをする場合や、個人でも不動産賃貸業その他の事業を行うために金融機関から借り入れをする場合、その借り入れに信用保証協会等がついてその求償権のために保証人となる場合に適用がある。
※ 現在、経営者以外の第三者を原則として保証人としない融資慣行の確立が金融検査マニュアル等で図られている。